カテゴリー別アーカイブ: 一言書評(小説)

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『これは経費で落ちません ~経理部の森若さん~』 著:青木 祐子

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自らの職業と近しいテーマを取り扱われた書籍を見つけたときに、多くの読書家の方々はとりあえず手に取ってみるのではないでしょうか。

正直に申し上げて、この本に関しては特段トピックというほどのものもなく、経理部に勤めていたというだけの理由で衝動的に買ってしまったものです。

タイトルのとおり、中小企業の経理部に勤務する女性経理社員の日常をベースにした小説です。

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『失踪トロピカル』 著:七尾 与史

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なぜこの本を手に取ったかというと、最近の読書生活がマンネリ化していて、少し変化のある作風の小説を読みたいと思っていたからです。

普段はいわゆるミステリーにカテゴライズされる作品を読んでいるわけですが、新堂冬樹氏の作品に触れたとき、エログロもありだなと思ってしまったのでした。(もちろん黒新堂

そうしてエログロ路線でおすすめの書籍を探していたところ、ミステリー小説も書いておられる七尾氏の名前を見つけて、読んでみようと思った次第です。

さて、エログロものとしてオススメされるくらいですから、全編そのような場面なのかと思っていましたが全然そのようなことはなく、ミステリー小説でこそありませんが、サスペンステイストの不気味なお話でした。

舞台はタイ・バンコク。
旅行に訪れたカップルが事件に巻き込まれてゆくオーソドックスな導入です。現地では、”ダルマ女”という四肢の欠落した女性にまつわる都市伝説が囁かれ、主人公たちはただの噂だと楽観的に考えていたところ、迷子捜しをしていた彼女が失踪してしまうのです。彼女を探すため、現地の日本人たちの協力を得て、バンコクの闇組織に立ち向かうというお話です。

グロテスク表現が苦手な人はそもそも手に取らないでしょうし、そこを読みたくて買う方には特に問題ないと思いますので書いてしまいますが、この闇組織では、富裕層向けにスナッフビデオ、つまり殺人を録画したビデオを撮影し、販売しているようなのです。流石に解体場面は目を背けたくなることもありますが、主観ですけど、比較的抑えられた表現ではないかと思います。分量としても全体の1割あるかないかくらいでしょう。

小説としては、グロテスクさよりも、見知らぬ地で事件に巻き込まれる恐怖をシミュレートしたエンターテインメントという印象を受けました。土地勘もない、知り合いもいない、言語が通じない、警察は袖の下を要求してくる。果たして自分はこのアウェイの地でトラブルを解決することができるのだろうか。読みながら夢想してしまいます。

失踪した彼女を助けると聞くと少年誌的展開であれば、見事悪を討ち滅ぼして大団円といったところでしょうが、グロテスク表現を用いた作品ということを前提にすると、そううまくことは運びません。もしかして最悪の展開かもと思いながら読むのも一興ですね。

また、著者自身がタイへ旅行したときに着想したもののようで、ご当地ネタも盛り込まれ、現地の猥雑な雰囲気が伝わる描写も一つの見どころ。

ミステリー作家らしく、少し斜め上の結末が用意されているのも良いです。デビュー作『死亡フラグがたちました』の続編は、少し期待しすぎたのかなという思いもありました。一芸に秀でたという作品ではありませんが、本作は失踪ものサスペンスとして、なかなか読み応えのある作品となっています。

オススメ度 ☆☆☆

 

 

 

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『吐きたいほど愛してる。』 著:新堂 冬樹

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エログロといえば、新堂さんの作品はいかがでしょうか。

といって薦められたのがこれ。SONY Readerの電子本で買い求め安くなっていました。
(実は定期的に付与されるポイントで購入したものです。)

それはさておき、ミステリー以外に積極的に手を伸ばしてこなかった自分にとっては非常に新味でした。今回初めて知りましたが、作者は本作のような、ともすれば吐き気を催すような醜悪な人物像を描いたり、冷酷無比な殺人鬼のお話を書いたりする”黒新堂”と、対称的に心温まる感動的物語をテーマの中心に置く”白新堂”が存在するとかしないとか。

本作は4編の中編を収録したものなので、4つの新堂を楽しめることになるのですが、テーマが共通しているのは、何かにとりつかれたかのような偏執的、妄執的な傾向が主人公や登場人物にあることでしょうか。

第1編の『半蔵の黒子』では、155センチ90キロ、禿げて三重顎、口臭、悪臭、腋臭という三冠王どころかある意味パーフェクトな人物が、「自分にはこれらの欠点を上回る魅力があるのだ」と信じて疑わない話。
もちろん何においても自分を正当化してしまうわけなのですが、そんな人物が青春時代にライバル視していた人物と再会。その人物は当時半蔵の想い人とも結ばれていた成績優秀のイケメン。

そんな人物を目の前にして、半蔵は一体どんな行動をとるのか。

半蔵の境遇そのものも高いレベルでグロテスクなのですが、言動や行動についても負けず劣らずなので、トラブルにならないわけがありません。間違いなく黒新堂の作品です。

初めて読んだ新堂作品がこちらの作品でしたので、ある程度予想していたとはいえ強烈でした。お気楽なライトノベルやお定まりの殺人事件を読む程度の読書人にとっては目の覚めるような、というか目が覚めました。

他の3作品もグロさエグさともに高いレベルです。でも目を離せない異様な魅力のある本です。こういったジャンルもありかなと思ってしまいますね。

オススメ度 ☆☆☆

 

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『火花』 著:又吉 直樹(ピース)

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芥川賞とは、正式には芥川龍之介賞といい、純文学の新人に対して贈られる賞です。対して、直木賞とは、正式には直木三十五賞といい、無名・新人及び中堅作家に対して大衆小説の文学賞として贈られるものとされています。

本作は、第153回芥川賞を受賞した作品です。

専ら大衆小説を好んで、半分暇つぶしのように読んできていましたが、常々考え続けていた”純文学とは何ぞや”という問い、これに対する回答が得られるのではないかと思い、脳みその片隅にあった忘れ物を引っ張り出すように、本書を手に取ってみた次第です。

純文学に分類される作品を読むのは、この作品が初めて、という方も多いのではないかと思います。

本作は、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹氏によって書かれたものであり、やはりテーマはお笑いなのです。芸能人と呼ばれる方々が書く作品というのは、読む前からあまり期待できないということは誰しもが思うところなのですが、本作に関していえばその期待を大きく裏切り、この作品は本物の作家が書いていると断ずるものに仕上がっているように思えました。

(純文学など読んだこともないのに偉そうに書いて申し訳ありませんが。)

お笑いコンビ・スパークスの徳永。お笑いコンビ・あほんだらの神谷。この二人を軸に、お笑いのあり方、苦悩、悲哀、そして楽しさを表現しようとするのがこの作品です。けしてサクセスストーリーではありません。おそらく又吉氏自らの苦しみや下積み時代の苦労を糧に描かれたものであろうと思います。

神谷は孤高の天才。常に他人とは違う笑いを追及していく一見すると浮世離れしているようなそんな人間です。徳永は、花火大会で神谷と知り合うことになるのですが、他人とは違う笑いを追及しようとする神谷の姿勢に憧れるようになります。神谷は、自分の伝記を書くように徳永に命令し、徳永はこれを快く請けるのです。なにやら可笑しな関係です。そうして伝記を書くための徳永の眼を通して、神谷の”お笑い”への姿勢が読者の前に露にされていきます。

水嶋ヒロさんが「KAGEROU」を出版したときに、「峻烈」という言葉を用いて評価された方がいましたが、「峻烈」というのはこの作品のようなものを表現するときに用いるべきでしょう。徳永・神谷の言葉や想いを通じて、お笑いに賭ける想いが膨大な熱量をもって襲い掛かってくるのです。

引用するのももどかしいですが、

「笑われたらあかん、笑わさなあかん。って凄く格好良い言葉やけど、あれ楽屋から洩れたらあかん言葉やったな。」

「あの言葉のせいで、笑われるふりが出来にくくなったやろ?あの人は阿呆なふりしてはるけど、ほんまは賢いんや。なんて、本来は、お客さんが知らんでいいことやん。ほんで、新しい審査の基準が生まれてもうたやろ。なんも考えずに、この人達阿呆やなって笑ってくれてたらよかったのにな。お客さんが、笑かされてる。って自分で気づいてもうてんのって、もったいないよな。」(電子版P43)

このあともちろん”オチ”がついていますけど、お笑いへの鋭い指摘をお笑いをしながらやるという巧妙な技です。二人とも漫才コンビという設定なので、何気ない会話にもぼけとつっこみがあって、軽妙な掛け合いが癖になります。

「ネットでな、他人のこと人間の屑みたいに書く奴いっぱいおるやん。作品とか発言に対する正当な批評やったら、しゃあないやん。それでも食らったらしんどいけどな。その矛先が自分に向けられたら痛いよな。まだ殴られた方がましやん。でも、おかしなことに、その痛みには耐えなあかんねんて。ちゃんと痛いのにな。自殺する人もいてるのにな。」

「はい、僕も狂ってると思います。」

「だけどな、それがそいつの、その夜、生き延びるための唯一の方法なんやったら、やったらいいと思うねん。きついけど、耐えるわ。(略)」(電子版P82)

かとおもいきや、オチはないけれど、真摯にお笑いに取り組む神谷の様子が描かれていたり。

本人自身も、膨大な量の読書をこなす読書家。それによって培われた地の文も、音数律というかリズム感が良く、私が勝手に持っていた「純文学」の負のイメージを払拭するものでした。

大衆文学を専ら読む人や普段書物から離れた生活をしている方もいるでしょう。そういう方にはやや拒絶反応がでるかもしれない表現を多用されているようにも思います。しかしながら、それを補って余りあるほど、「芸人の世界のことを知ってほしい」という氏の言葉どおり、それに値する峻烈な作品だったのではないかと思います。

オススメ度 ☆☆☆☆

 

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『陽気なギャングは三つ数えろ』 著:伊坂 幸太郎

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単行本や新書版は、本棚の大きさが変わるのであまり購入しないことにしている私ですが、このシリーズばかりは見逃すわけには参りません。

伊坂幸太郎 『陽気なギャングは三つ数えろ』 が刊行されています。

『陽気なギャング』シリーズといえば、伊坂幸太郎作品の中でも一風変わった爽快な泥棒サスペンスです。
正直なところ前作、前前作の内容は記憶に残っておりませんが、テンポの良い展開と個性的なキャラクターたちの掛け合いは印象深いです。

 

本第3作でも、主人公たち4人が自らの持つ特殊スキルを使って、とっても楽しそうに銀行を襲います。

彼らの様子からすると、前作からかなり時間が経過しており、少し歳をとったよう。引退も考えなければ・・・・といった会話も聞こえてくるほど。そんな彼らが、今回もひょんなことから、強盗とまったく関係のない事件に巻き込まれていき、また騒動の渦に飲まれていくことになります。

伊坂幸太郎の作品は、テーマによって毛色が違いすぎるきらいがあります。『終末のフール』のようなSFテイストでありながらひどく閉塞感のある世界観を描いたものや(個人的に糞つまらないです。)、『ゴールデンスランバー』のような、スリルと疾走感に溢れるエンターテインメントを描いたものだったり、(個人的に糞大好きです。)、『あるキング』なんかは、一人の天才を描いた寓話。

エンターテインメント色の強い作品のほうが好みの私にとっては、この『陽気なギャング』シリーズは、他の独特のもどかしさやイメージしにくい空想的な表現の多い作品とは違って、世界観を掴みやすい。

このシリーズを幼い(?)頃に読んでから伊坂幸太郎という作家を知りました。作家というのは、作風がありますから、基本的に同じテイストの作品が出来上がるものですが、伊坂幸太郎という作家の作品は先ほども言ったように作品ごとに大きく違います。

この、キャラクターの特技をく組み合わせて、一つの物語を作り上げる技術は王道ではありますが、当時の自分にとっては衝撃的でした。『ルパン三世』のような世界観が大好きなんでしょうね。

オススメ度 ☆☆☆

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『高校入試』 著:湊 かなえ

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湊かなえ『高校入試』を読みました。

公表を博した『告白』の印象があったので興味を持ったわけです。予想どおりといいますか、表題からも分かるように、学園モノミステリー。

特に『入試』に焦点を充てた社会派な内容です。

本書は、映像作品用の脚本の依頼に応えて、著者が創り上げたものですが、小説化にあたっては加筆・修正が加えられたようです。

この作品では、高校入試の前日から当日にかけてある事件が起こります。

この作品の特徴は、非常に多くの人物が登場し、各々が自らの視点で心境を語ってゆく稀有な構成でしょうか。映像作品の脚本をベースにしているからでしょうね。

そのため、語り部の視点が登場人物23名を移っていきます。本を読み慣れた方でも戸惑うかもしれません。また、映像作品にモノローグはない、という著者の考えから、会話のみで進行するシーンもあり、リーダビリティは低いです。

生徒たちではなく、登場人物がほとんど教師というのも特徴でしょうか。
著者に教鞭をとっていた経験があるようで、事なかれ主義の管理職や当たり前のような残業、生徒との複雑な関係といった学校という閉鎖空間にある”濁り”のようなものを上手く描き出しているように感じました。

採点ミスによる合否の判定誤り。
時々現実世界でも報道されますが、どれほど一人の人間の人生というものに影響を与えることでしょう。社会派、とレッテル張りしたのはこの点が一つのテーマとなっているためです。

そうした重いテーマを扱いながらも、試験中に試験内容を掲示板に書き込んでいくという表現であったり、時事とエンタメを融合させた工夫が織り交ぜられていてさほど堅苦しさは感じません。

大学入試センター試験が毎年のように変わってゆくように、入試制度そのもののあり方も見直さねばならない時期に来ているのかもしれませんね。

オススメ度 ☆☆☆

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『天久鷹央の推理カルテIV: 悲恋のシンドローム 』 著:知念 実希人

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知念実希人さんの『推理カルテ』シリーズの最新作となります。

3作の連作集と1作の長編を経て、天久鷹央シリーズ連作集の第4作目が刊行されています。

このシリーズは、「医療」をテーマにしたミステリー小説です。

医療をテーマにすると、医療過誤や医療裁判、臓器売買などという血なまぐさい題材が選択されがちで、比較的医業の闇を暴くスタイルの作品が多いなか、文庫のレーベルや透明感のある表紙からも分かるように、非常に軽い切り口で医療を扱った作風です。

爽やかな読後感。

 主人公は、若手医師。
 どうミステリーに繋げていくのかというと、彼の上司が非常に特殊な人物なのです。

 天久鷹央。
 彼女は、二十代で総合病院の副院長を務め、『統括診断科』に属し、病名不詳な患者さんや、厄介な患者さんを専門に診察しています。その厄介な患者さんが連れてくるのが、病気だけではなく『謎』だったりして、天久鷹央は『謎』が大好物だったりするのです。

 探偵助手もののミステリーとしてはオーソドックスな設定ですが、舞台が病院なので起こる事件も比較的真新しい切り口のものが多く、新鮮。

 普通のミステリー小説では、過去の名作の類似手法で筋道に推測が立つような作品もありますが、医療現場でも珍しいような症状を題材にされると、読者側は想像に難いので、なんというか、少しアンフェアな感情を抱きつつも、先の展開が気になってくるという居心地の悪さに包まれます。

 医療をテーマにしただけあって深く考えさせられる重い話もあり、本作の『瞬間移動した女』は、性を扱った繊細かつ重厚なものでした。ミステリーとしての完成度も高く、人気が高いのもうなずけます。

 天才だけど欠点の多い鷹央と、嫌々ながら鷹央の謎好きに巻き込まれていく主人公。キャラクター的としても魅力的で、長く続いて欲しいシリーズの一つです。

オススメ度 ☆☆☆

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『海の翼 エルトゥールル号の奇蹟』 著:秋月 達郎

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日本とトルコの関係が友好であることは皆さんご存知かと思うのですが、そのきっかけとなった事件については、存じないのではないかと思います。

この作品は、その事件を描いたもので、日本人たちが過去に施した恩に報いるために、犠牲を払ってでもその恩を返そうとしたトルコ人たちの物語です。

「エルトゥールル号」
紀伊半島沖で転覆したトルコの船です。この転覆事件を経て、両国にはとても堅い絆が生まれることになります。

イラン・イラク戦争の最中、フセイン大統領はイラン領空の航空機を無差別に攻撃することを宣言しました。タイムリミットは8時間。日本政府は救援機を出せないし、他の各国も自国民をイランから脱出させるため、航空便に空席などないような状況。
そんな中、ある国が自国民を顧みず日本人を航空機へ搭乗させる決断をした、という話です。

なぜ、トルコ人たちはこんなにも恩義を感じてくれているのか。
エルトゥールル号遭難事件の事実を基に構成し、大河ドラマ仕立てで、小説化したものが本作です。

ストーリーはおおむね事実であろうと思いますので言うに及びませんが、構成や登場人物の面から見ても、とても面白く、感動的なエンターテインメントに仕上がっています。
同じように、日本人が海外で救助されたからといって、トルコ人と同様に子孫へ語り継ぎ、恩を忘れないとすることができるでしょうか。

多くは語りませんので、ぜひ読んで頂きたい。
ものすごく、感慨深く、熱量を感じた一冊です。

オススメ度 ☆☆☆☆

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『弁護側の証人』 著:小泉 喜美子

弁護側の証人

 本屋を訪れると平積みの作品があります。その本屋が売りたい本、今売れている本なのでしょう。そこにこの本は積まれていました。

解説、道尾秀介。
読むしかないと思い手に取りました。

本作を読みながら驚いたのは、刊行が昭和30年代であるということ。戦後10数年といったところなので、まだまだ物資や金銭的にもそれほど裕福な生活を送れていたとは思えません。

本作は、そんな環境の中でかかれたサスペンス小説なのです。

お金持ちのお屋敷に嫁いだ元ヌードダンサー、ミミイ・ローイ。
本作は、会社社長である彼女の義父が殺害されるという事件に、彼女が巻き込まれていくというアウトライン。
その父と関係がうまくいっていなかった夫、遺産を狙う義姉、顧問弁護士、かかりつけ医師など、実に怪しげなキャラクターたちが多く登場します。

そんな中、元ヌードダンサーなどという、どこの馬の骨とも分からぬ人物が若当主の妻として嫁いできたのですから、家族親族はもちろんのこと、屋敷勤めの運転手や家事手伝いも、心中穏やかではありません。そういった背景の中、殺人事件が起きてしまうのです。

巧妙なトリックや斬新な動機が語られるわけではありませんが、とある”仕掛け”が施されています。
昭和30年代からこういった仕掛けを使ったミステリーが愛好されていたかと思うと、ニワカミステリーファンとしては意外な気持ちです。
文体が古いので少し読みにくさを感じるかもしれません。
我慢して最後まで読むと、作者の洗練された巧みな罠にからめ取られていたことに気がつくでしょう。

現代に読むと、さほど真新しくもない、いちミステリーかもしれませんが、古き良き名作には違いありません。

オススメ度 ☆☆☆

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『子どもの王様』 著:殊能 将之

おうさま

 殊能将之の『子どもの王様』を読みました。2013年に著者は亡くなりましたが、『ハサミ男』や『美濃牛』など、本格と呼ばれるジャンルの斜め上を行くようなスタイルで、ミステリーを執筆してきた作家のひとりです。

本書、『子どもの王様』は、そんなミステリーとはまた一味違った著者の幼い頃の実際の体験をもとに描かれたファンタジックなミステリーです。

主人公は小学生。
集団登校や放課後の遊び、ごみ出しにうるさいおばさん。実に郷愁を誘う世界観です。

まだまだ幼い少年である彼らは、小うるさいオバサンが魔女に見えたり、戦隊ヒーローに憧れたり、”リコン”の意味が今ひとつ理解できなかったりと、何だか読者の脳みそを抉るようなミステリーを描いてきた著者らしくない、物腰柔らかな読み味の物語が続いていきます。

ひときわ異彩を放つのは『子どもの王様』。
主人公の友達がおそれる、この王様は不気味な存在として描かれ、自分たちに仇なす敵としての立ち位置で終始、主人公の心を乱してゆくのです。
(読者からすれば、この「子どもの王様」がどのような存在かは一目瞭然なのですが。)

物語に登場する、”看板”を使ったトリックは流石といったところですが、物語には深く関わらない遊びのようなもの。それでも、このノスタルジックな世界観の中でも、一瞬の鋭利な輝きを感じさせるのは、著者ならではの技術です。

ワーグナーのオペラがオマージュされているようですが、私は見ていないので何とも。見ていればより深い殊能将之の世界へ潜り込むことができるのでしょうか。
・・・純粋なミステリーを楽しみたい方には、少し物足りないかもしれませんね。

オススメ度 ☆☆